『TO▲BIO (vol.2)』
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Amazonレビュー
2010/02/17
「良くも悪くもアマチュア作品」
やはり漫画は個人の才覚。必要なのは才能と努力で「教育」じゃあ無いんだなと。この本は某大学の漫画を教えるという講座の教育の一環として作られたもの。
有名な漫画家とかの名前が出ているのは 彼らが講座を担当しているから、で「洋陶狗肉」というのかな。
中身ですが コミケのホッチキス留め雑誌でも もっと素晴らしいものが多々有るわけで、いくら著名編集者で鳴らした大塚英志氏がプロデュースし、有名漫画家の名前を表紙に刷り込み 小奇麗な表紙と体裁を整えても却ってダメダメな感じがします。やはり漫画って大学の講座で教える様な物ではないのだろうなあ。中古で出たら買ってみるのが一興でしょう。
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本の情報 |
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この本は当サイトに登録されています。 Amazonとの情報同期日 2010/03/21
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著者出版リスト |
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しりあがり 寿
7 users [出版リスト] ⇒[クリップ本Ranking]
[著者分類] 青年コミック作家
[プロフィール] しりあがり 寿(しりあがり ことぶき、1958年1月1日 - )は、日本の漫画家。静岡県静岡市葵区出身。男性。神戸芸術工科大学特任教授、横浜美術短期大学、日本大学藝術学部講師。本名は望月寿城(もちづき としき)。妻は漫画家の西家ヒバリ。代表作は『真夜中の弥次さん喜多さん』、『弥次喜多 in DEEP』など。白土三平や貸本ホラー漫画のパロディなどの漫画マニア向けの濃い作品や、「ヒゲのOL」「流星課長」などのシュール・サラリーマン物など、独特のギャグ漫画家として評価を獲得。現在では時事ネタ、家庭ネタ、サラリーマンネタ、果てには哲学的なテーマまで幅広く扱い、ギャグによって文学の領域にまで達した漫画家として評価が高い。非常にラフで、一見描き殴りのような「ヘタウマ」絵を描く漫画家として知られるが、生前の手塚治虫に「この人は実はものすごく絵がうまい人だ」と評され、時事ネタとしてアニメ調の画風でネタを描いた事がある。その手塚治虫に2作目の「エレキな春」では真似が出来ないと言わしめた。* 1977年 静岡県立静岡高等学校を卒業し、多摩美術大学に入学。漫画研究会で喜国雅彦、祖父江慎、しゅりんぷ小林らと知り合う。* 1981年 麒麟麦酒株式会社に入社。ハートランドビール、キリン一番搾り生ビール|一番搾りなどのマーケティングを担当しつつ、漫画を描き始める。なお、キリンビールではデザインの仕事は担当していない。* 1994年 同社を退社。* 2000年 『時事おやじ2000』、『ゆるゆるオヤジ』により第46回文藝春秋漫画賞を受賞。 by Wikipedia (⇒すべて表示)
菅野 博之
0 user [出版リスト] ⇒[クリップ本Ranking]
[著者分類] 少年コミック作家
[プロフィール] 菅野 博之(かんの ひろし、男性、1966年 - )は、日本の漫画家。北海道出身。1992年『少年キャプテン』(徳間書店発刊)において「夕焼けあんちくしょう」("菅野博"名義)でコミックス大賞を受賞しデビュー。以降、少年漫画を中心に活動。落ち着いた丁寧な描線が特徴。改名前は菅野博士として活動していた。2000年には、地球防衛企業ダイ・ガードのキャラクター原案を担当。コミカライズも自身が行い、精力的に活動を続けている。2009年 神戸芸術工科大学メディア表現学科准教授 に就任。マンガの描き方の解説や指導の仕事もしており、漫画やイラスト関連のテクニック紹介雑誌『コミッカーズ』(美術出版社)内において分かりやすく漫画の描き方の解説行う「マンキ!」を連載中。関連書籍も多い。 by Wikipedia (⇒すべて表示)
大塚英志
23 users [出版リスト] ⇒[クリップ本Ranking]
[著者分類] 評論家
[プロフィール] 大塚 英志(おおつか えいじ、男性、1958年8月28日 - )は、日本の評論家、小説家、漫画原作者、編集者。神戸芸術工科大学教授、東京藝術大学大学院映像研究科兼任講師、博士(芸術工学・神戸芸術工科大学)。妻は漫画家、作家の白倉由美。東京都田無市(現西東京市)生まれ。中学生の時に漫画同人集団「作画グループ」に入会したのがきっかけで、高校1年生よりみなもと太郎のアシスタント (漫画)|アシスタントを始める。その後、みなもとの紹介で高校2年生の時にギャグ漫画家としてデビュー。学研の学習誌や『漫画ギャンブル王国』(海潮社)にギャグ漫画を発表するが、大学受験を機に自分の才能の無さに見切りを付けて1年で漫画家を引退『「おたく」の精神史』(朝日文庫)70ページ/『Comic新現実 問題外増刊みたいな…』(角川書店)2ページ。筑波大学第一学群人文学類卒業。大学では千葉徳爾の指導の下で、日本民俗学を研究した(千葉は柳田國男の直系の弟子であったため、大塚は柳田の孫弟子になる)。当初は研究者を目指したが、教官の宮田登に口頭試問で「君の発想はジャーナリスティックすぎて学問には向かない」と引導を渡されて大学院への進学を断念『「おたく」の精神史』(朝日文庫)216ページ/『木島日記』(角川文庫)330ページ。卒業後、漫画家の沢田ユキオと雑誌『リュウ (雑誌)|リュウ』、『プチアップルパイ』(徳間書店)の編集長をアルバイトの身分のまま務める。 by Wikipedia (⇒すべて表示)
ヒノキオケさん(絵が、好き。)
FRAGILEさん(マンガ編集者から原作者、評論家、小説家と活動の域を拡げていき、その度に挑発的な内容の作品で物議を醸すこともしばしば。民俗学をベースにした作品が多数。それを戦略だと知って楽しみたい。)
安彦 良和
32 users [出版リスト] ⇒[クリップ本Ranking]
[著者分類] アニメ製作者
[プロフィール] 安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年(昭和22年)12月9日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家、イラストレーター、小説家。北海道遠軽町出身。神戸芸術工科大学メディア表現学科教授。教師を志望していたが、学生運動参加が原因で弘前大学から除籍処分を受け断念。上京当初は写植屋に勤務するが、職場に不満を持っており、虫プロの求人を見て、子供の頃に漫画家になりたかったことを思い出し、応募する。1970年に虫プロ養成所の2期生として入社。『さすらいの太陽』、『ムーミン (アニメ)|新ムーミン』、『ワンサくん』などに関わる。1973年に虫プロの崩壊と共にオフィス・アカデミーや創映社(サンライズの前身)に移り『ゼロテスター』、『宇宙戦艦ヤマト』、『勇者ライディーン』、『超電磁ロボ コン・バトラーV』などの仕事をする。創映社が日本サンライズになった後は『無敵超人ザンボット3』、『機動戦士ガンダム』などに携わる。1979年に漫画家デビューし、数年間アニメと漫画を並行して制作した。1989年に『ヴイナス戦記』を監督して以降は専業の漫画家になったアニメ業界をやめたきっかけは2つあり、一つは『風の谷のナウシカ』や『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』を見て、とても敵わないと思ったこと。もう一つが『巨神ゴーグ』を演出的に盛り上げられず、能力の限界を感じたことであるという。なお、これらの出来事は1984年頃であるが、安彦がアニメ業界から退いたのはその5年ほど後のことである。 by Wikipedia (⇒すべて表示)
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