『故国喪失についての省察 2』
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Amazonレビュー
2010/01/12
「アクチュアルな問題意識の背後にあるサービス精神と誠実さ!」
映画「アルジェの戦い」の監督ジッロ・ポンテコルヴォのインタビュー的なエッセイをたまたま本屋で立ち読みし、そのごつごつした感じがやけに面白いと思ったのがこの本を読むきっかけだった。ページをぱらぱらめくっていたら、カイロのベリーダンスの女王や、ジョニー・ワイズミューラーのターザンについての章がありますます興味をそそられた。マフフーズ以降のエジプト現代文学についての報告も読まなければならないと思った。安くない本なので何度か迷ったあと購入した。いい買い物をしたと今では思っている。
論じられているテーマは多様だ。時流に乗った論争的なもの(サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」が「定義の衝突」に読み替えられる)も盛り込まれていて、サイードは、読者の退屈を恐れる天性のサービス精神を備えたもの書きだと思った。が、僕がもっとも心打たれたのは「敗北とは何か」だった。どんな社会も、とりわけ若い人にむかって成功だけに価値があるのではないと力説するが、敗北にどんな価値があるのか、ましてやたび重なる重大な敗北については押し黙る、といった考察をまじえながら、パレスチナにおける大義と敗北の紆余曲折を振り返り、個々人においても若い時の大義が年齢を重ね年老いていく中で変質し幻滅となっていく例をトーマス・ハーディー(シンドイとしか思えない作家)など西洋近代の小説をとりあげながら考察されていく。サイードの結論は、アドルノの文章からの引用で締められる。それは、きわめて西洋の思考の歴史にそった結語だ。・・・どんな敗北においても大義は、自立する人々の思考する営みを通じて必ず伝播するのだ、と。アドルノの語る希望に対して、サイードは、どこか自信なげである。そう思うと、生よりも死がありふれている時と場所はいくらでもあったではないか、と反論する気はなくなる。そういう豊かな沈黙を促すサイードの誠実さに僕は惹かれる。
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本の情報 |
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この本は当サイトに登録されています。 Amazonとの情報同期日 2010/03/21 [更新]
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